最近、おもうこと

50歳から始めた”さをり織” 「自分自身を織り上げる」という創始者・城みさをさんのことばに惹かれました。

定年後の第二の人生、2016年7月に「姉妹塾 SAORIKO-UKO」 を和光市で開所しました。

大好きな”さをり織”を、多くの人に伝えて一緒に楽しみたいと思っています。

もうひとつのチャレンジは、10年間続けているネパールの貧しい家庭の子ども達の就学支援、この活動をもっと広げるために、

2017年4月に「ネパール子ども基金・里親の会」のブログを立上げたことです。

里子が自分自身の将来を切り開くために、私たちのボランティア活動が少しでもお手伝いができればと考えています。

そしてこの「SAORIKO日記」を再開しました。

2012-02-26

私とさをり


私は生協の連合会に就職し、結婚・子育てを経て40年近く勤務し、昨年3月末60歳で定年退職を迎えました。セカンドライフに入り、「さをり」と出会って10年の節目を機会に「さをり・リーダース・コミティー会員」に応募する決心をしました。

私が「手織適塾SAORI東京」に通い始めたのは、子育ても一段落した50歳の時でした。ところが、適塾は想像していたような手織り教室ではありませんでした。カリキュラムはなく、織機の操作方法を教えられただけで、“自分の好きな糸で自由に織ってごらんなさい”と言われたのです。

スタッフの方が身につけていたスカートが大変気に入り、どう織るのかと尋ねると円整形を教えられ、作ったワンピースはその年の適塾展のメインブースに飾られていました。経験年数や技術を基準とするのではなく、一人ひとりの持つ個性を引き出すことを一番大切にするのが「さをり」なのです。

「さをり」の名の所以は、禅の言葉“差異”の最初の文字「さ」と織りを組み合わせて作ったもので、差異とは「すべての物はそれ自身の尊厳を持っている」という意味だそうです。名は体を表すと言いますが、素晴らしい命名ではありませんか。適塾という言葉も、その人に適した教え方、適した方向に伸ばすという思いが込められているそうです。

創始者・城みさをさんは、42年前57歳の時に「さをり」を始められました。民芸、工芸が均一・均質を求めるのに対し、「さをり」は自然体で自分の好きに織ればよいので、決まりごとはいっさいありません。

昔、活花の先生をされていたみさをさんが、流派の型を模擬することに疑問を持ったり、帯の経糸が抜けたのをキズと見ないで模様と見る「発想の転換」をされたことを聞くにつけ、私は沖縄のガラス工芸の第一人者の話を思い出します。

沖縄にはかつてガラス工芸がなく、戦後米軍の上陸と共に入ってきたコカコーラの瓶の再利用が始まりでした。ガラス製品は泡が入ると価値がなくなるそうですが、その方は逆に泡を沢山入れて模様とした作品で大きな評価を受け、今日に至っています。

また、「さをり」の大きな特徴は、自分の思い・感性で糸を選び、自由に織って、仕立て、そして着こなすということです。

私が「さをり」とめぐり合ってからの10年間は、子育てを卒業して仕事に集中し、私の仕事人生で最も充実した時期であると同時に、ハードな働き方を要求された時期でもありました。その時期に水曜日の夜2時間、短い時間の中で、仕事のストレスから解き放され、自分を表現できる、無心に織る空間を与えられたことに本当に感謝しています。

20073月には、職場から初めて女性の定年退職者を出しました。全職員の3割に満たない女性が、仕事と家庭を両立しながら60歳の定年を迎えることは素晴らしいことです。セカンドライフを迎える先輩たちに、心から“ご苦労様”の気持ちを贈りたいと始めたのが「さをりの卒業プレゼント」です。それから毎年、定年退職者にさをり織のベストやマフラーを贈ることが行事となり、5年間で40名近い先輩たちに私の心を贈ってきました。贈られる人のイメージで糸を選び、装う場面を想像して、横糸を交差していく。自分では気づかなかった己の個性を発見でき、創造の喜びを感じる瞬間です。「さをり」の服は、誰にでも似合い、その人なりの良さが表れ、魅力的に見せてくれます。

今、NHKテレビで朝ドラ「カーネーション」が放映されていますが、主人公の小原糸子はコシノアヤコさんがモデルです。先日の毎日新聞では、75歳でコシノアヤコブランドを立ち上げた時、“3人姉妹のパクリじゃない!”と娘が抗議したら、“あんたらが対象としない年代に私は着てもらうのだから問題ない”反撃されたという談話が載っていました。

コシノアヤコさんと同年で交流のあったみさをさんも、“若い人の服はいくらでも巷にあふれているけれど自分が着れる服がない、既製服では間に合わない”と言われています。

型にはめられた手工芸的な織りから、個性のままに自己表現する楽しい織「さをり」へ。外国から入ってきた漢字から「かな」を作りだした日本人は、明治時代に入ってきた洋服も独自の感覚で受け入れ身につけてきました。着物に代わる美しい熟年の服を「さをり」で実現しようというのが創始者の提案です。

みさをさんの著書「生ききるために」に掲載されている「高齢者のさをり10カ条」を紹介したいと思います。

①.無為から抜け出る最高の策である。②.“衰えない感性”で生きられる。③.自己表現の服でオシャレができる。④.共同で織機が使える。⑤.お互いの得意技が活かせる。⑥.お互いの学び合いができる。⑦.お互いの価値観を認めあえる。⑧.自分も知らなかった“自分との出会い”。⑨.死ぬまで元気でいられる。⑩.自己実現と生きた証を残せる。

加えて、私の好きな“みさを語録“は、①.先天的に持って生まれた「感力」を引き出すことにより、自分を表現できるという自信につながる。②.布を織るのではなく自分を織る。さをりは自分を見つけるためのもの。③.あらゆるものが衰えていく老い。決して衰えないものは感性の力、「感力」である。

私はこれからのセカンドライフを、この10カ条と語録を携えて頑張るゾ!と意気込んでいます。目標は2つあります。

1番目はわが家を解放し、メンバーが得意な料理や菓子を持ち寄り、織ったり、縫ったり、装ったり、お茶をしながらダベリングする地域のたまり場を作っていきたいのです。

2番目は、「グループのみんなで学ぼう(さをりの4つの願い)」の通り、「水曜日夜クラス有志」グループで、互いに学び影響し合いながら作品展など開いていくことです。

フルタイムで働きながら子育てを経験した、同じような悩みを抱えた仲間たちは、夜の飲み会には万難を排して集まり、適塾より出席率が良いのですが…。今後もさをりを絆にネットワークをつくり、末永く付き合っていきたいものです。 

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