お寺の住職夫人だった亡夫の長姉が突然亡くなり、息子2人と通夜・告別式に参列するため、急遽、福岡へ向いました。
昨年の3月末、お寺が経営する保育園の卒園児達でつくる「博多おいっしょ太鼓」が、日本太鼓ジュニアコンクールに参加する際、引率して大宮を訪れた義姉夫妻に会場で面会しました。
その後、12月に納骨堂の件で電話が入り、少々長電話をしたのが最後となりました。
お寺の主の葬儀というのを初めて体験しました。
壇上の導師の他に20人近い僧侶が一斉に読経する場面は、会場にお経が響き渡り圧巻でした。
壇上の導師の他に20人近い僧侶が一斉に読経する場面は、会場にお経が響き渡り圧巻でした。
今朝の告別式に先立つ「保育園のお別れの会」では、年長児たちの「園歌」と「故郷」の素晴らし合唱に涙が出ました。
孫の幼稚園の「発表会」の歌声とのレベルの違いに愕然としましたが、しばらくして保育室から流れてくる「園歌」を聴いて、登園時に歌っていることを知り納得しました。
孫の幼稚園の「発表会」の歌声とのレベルの違いに愕然としましたが、しばらくして保育室から流れてくる「園歌」を聴いて、登園時に歌っていることを知り納得しました。
義姉は壷井栄の「二十四の瞳」の大石先生に憧れ、幼児教育者を目指し、48年間主任保母として保育に専念してきたと紹介されていました。
「ポックリ往きたい」「老母を送らないと往けない」「娘を嫁に出さないと往けない」というのが口癖だったそうですが、後の二つの願いはとうとう叶えられずじまいでした。
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